【追悼】1970年代の中川イサトを聴く
2022年4月16日
去る4月7日、中川イサト氏が亡くなった。フォークシーンを中心に日本のポップス黎明期の屋台骨を支えつつ、国内のアコースティックギター・インストゥルメンタル界を牽引した大きな存在だった。1980年頃までは米ルーツ音楽をバックボーンに、1980年代からはアレックス・デ・グラッシやマイケル・ヘッジスらニューエイジ・ギタリストらから影響を受けたニューエイジ、そして1990年代後半からはピーター・フィンガー主宰の独アコースティック・ミュージック・レコードでのギターアルバムをリリース。そんなふうに常に変化を繰り返し続けた息の長い活動が無ければ、次世代である押尾コータローらの活躍もなかったかも。
…と書いてはいるが実のところ、agTunes は1990年代あたりまで中川氏については割と冷ややかに見ていた。1980年以前の作品は聴いたことが無く(ほぼ廃盤状態だった)、当時聴くことできたニューエイジシーンの後追いのようなアルバムがどうも浮ついて聴こえてしまい、作曲・演奏ともにそれ程注目に値しないという所感だったのだ。が、21世紀に入り「最新型」の音楽が色あせてルーツミュージックへの探訪を始めた時、1970年代のアルバムが俄然輝き始めたのである。そんな訳で、Spotify にラインナップされている1970年代のアルバムから、アコギ・インストを集めてプレイリストを作ってみた。これを聴きながら中川氏の魅力の奥底を探ってみたい。
- Track-1
- 最初の4曲は1973年、メジャー移籍後の最初のアルバム「お茶の時間」から。トップに据えられたこの「陽気な日曜日」は、ミシシッピ・ジョン・ハートを連想するミディアムテンポのラギー・ブルーズ。ヘッジスにハマってた頃なら「何てこと無いじゃねーか」と思っただろうが、今、初老の耳になんと芳醇に響くことよ。
- Track-2
- 「かすていらのかおり」は、ちょっと昼メロ(死語w)っぽいメロディ。当時の日本人がフォーク奏法フォーマットに依らずにアコギインストを作ろうとすると、どうしてもこんな感じになっちゃうんかなぁ、という屈折した思いががが。
- Track-3
- 「夜更けの水道道路」は、バンドを従えての歌なし SSW 的な趣? レイドバックしたスライドギターが前曲「かすていら〜」に比べるとバタ臭くて、カッコエエでつ。
- Track-4
- 中川氏が大型バイクを転がしてたのかは知らないけど、この「750CC RAG」はドック・ワトソン版の「ブラック・マウンテン・ラグ」を思わせる。おそらくギタリストならば日本の誰もが衝撃を受けたのだろう。当時の日本アコギシーンの情景が伝わってくる。
- Track-5
- ここからの4曲は、1975年アルバム「黄昏気分」から。十八番のラギー・ブルーズ「六番町Rag」も色々と趣向を凝らすようになり、後半からはジプシースウィングっぽいムードに。当時でコレは相当洒落てたんではなかろうか。
- Track-6
- 「うたたね」は、日本人好みしそうな郷愁を誘うしんみりタイプな曲だけど、糠味噌臭は無くて洗練度が高まっている感じ。
- Track-7
- 「おやすみ漣君」って、高田渡の長男にしてラップスティール奏者の高田漣氏のことですかね。ストリングス入りの穏やかなアコギ子守唄になってる。
- Track-8
- 「セブンブリッジ」では、フェイザーをかけたアコギインストが当時の西海岸ロックっぽい。
- Track-9
- ここからの10曲は、1977年の初インストアルバム「1310」から。前作までとは明らかに違う境地で作られたことが、このトップナンバー「きつねの嫁入り」から伝わってくる。ブルース・コバーンのアコギソロ曲あたりを手本にしたんじゃないだろうか、と思えるようなジャジーなフレーズが垣間見える。
- Track-10
- 「OPUS-1310」、後半でベースが4ツ打ちするあたりから「ワシントン広場の夜はふけて」的なノスタルジーを感じたのは自分だけ?
- Track-11
- ふたたびイージーなラギー・ブルーズの「三文楽師の休日」。休みの日はこうじゃなくちゃね。
- Track-12
- 「不演唱(ブルース)」はホット・ツナを彷彿とさせるアコースティックブルーズ。内田勘太郎もだけど、大阪人はこういうのホント上手い。
- Track-13
- 「箕面 6-5-2」はこのアルバムでは少数派になった、フォークギター・フォーマットな一曲。タコマ・レーベルのギタリストっぽい。
- Track-14
- 「WALTZ」。何だかんだで「ストリングス入れてしっとり」路線は好きなんですかね。
- Track-15
- 「六番町 RAG」ではバンジョーを加えて、前作収録曲のリメイク。お気に入りの曲だったのだろうが、ライブではアコギ一挺でやってたのかなぁ。
- Track-16
- 「明美の散歩」でもバンジョーが良い味付けになってる。カントリー風味のようで何気にシティ・ポップなフレーズが憎い。
- Track-17
- うーむ、よほど高田漣が可愛かったの? 「漣」は軽めなラグのようだけど、スタンブリング・ベースがカッチリ決まってて何気にカクイイ。
- Track-18
- 「オレンジ」って、もしやアル・スチュアートの…とは関係なかったみたいw 細野晴臣にも引けをとらないノスタルジックなムードの演出がイイ。
どうだろうか? この3枚を経て、中川氏は1980年代から本格的にアコギインストの探求を始める訳だが、その頃の CD が軒並み廃盤状態なのは寂しい。追悼としてボックスセットでも企画されないものかなぁ。