2004年2月13日
USA 1953-12-31 〜 1997-12-2 ニューエイジ スティール弦ギター フィンガーピッキング タッピング 変則チューニング
Michael Hedges のレコードと出会った時のことは今でも鮮明に憶えている。大学での何回目かの春休みを、筆者は東京の友人のアパートに転がり込んで過ごしていた。上京の目的のひとつは地方じゃ入手しづらいレコードを買い漁る為だったが、そのレコード屋に向かう途中立ち寄った喫茶店で、軽やかなスティール弦ギターのインストがFMオンエアされていた。「ただ今お送りしました曲は Michael Hedges の『Breakfast In The Field』から...」というアナウンサーの言葉を脳裏に刻み付けて向かったお茶の水の輸入レコード屋で、Michael Hedges や William Ackerman、Alex de Grassi、David Qualey、Daniel Hecht ら Windham Hill のギタリスト達のアルバムに出会った訳だ。見知らぬギター音楽に出会えた興奮と幸福感は、暖かな春の陽気と相まって忘れられない想い出だ。
それから数年後、山形のアパートの六畳間で「Aerial Boundaries」をターンテーブルに乗せてあのタッピングが流れてきた時、まわりの空気が5°低下したように感じた。クライマックスでの地を這うような重低音は呼吸すら奪っていきそうだった。この1曲がギター音楽の新しい地平を切り開くイノベーションであることは一聴だに明らかで、こんなふうに感じたのは大げさでもなかっただろう。「この曲は Hedges の『A Day In The Life』だ」と。さらにその後、ボーカルアルバムやライブ盤を経て発表された「Taproot」には、さらなる変化を目指しながらも方向を見失ってしまったような徨いを感じてしまい、Hedges とは距離が出来てしまったのだったが。たった2作で高みに達してしまったのは、彼にとって幸福ではなかったのだろうか。その頃の Hedges の姿は何故か、天才ベーシストの Jaco Pastorius とダブって見えて、'97年に若くして事故死したとの報を受けたときには「やっぱりか」みたいな既視感と落胆を憶えたものだ。
今でも Hedges の音楽に接する度に冷静でいられないのは、こんなふうに出会いの幸福と別れの喪失感が強烈に同居しているからだろう。不世出の天才が開拓した大地には今、多くのフォロワー達がやってきてゴールドラッシュの賑わいだ。今 Hedges が生きていたら、どんな花を咲かせていただろうなぁ。
タッピング等の特殊奏法やイレギュラーチューニング等で多く語られる Hedges だけど、'84年の金字塔「Aerial Boundaries」にはもう一つ別のエポックメイキングな側面がある。ギター・インストルメンタルの魅力を増幅させるサウンド・システムの確立だ。それは、マグネットやピエゾの複数ピックアップと生音をブレンドするハイブリッドな集音メソッドだったり、低音弦を緩めた為に生じた音圧低下を補強すべく施された局所的イコライジングや、ハーモニクスの響きを補強する為にナットやエンドピンをブラス材に換装する等、細部に至るまでの工夫が盛り込まれていた。アコギ愛好者はおしなべて「生音」に拘りがちで、もしかすると邪道と罵られる行為だったかもしれないが、このノウハウは現在ではアコギ・サウンドメイキングの原点となっている。
今だったら、手のひらに乗るアッタチメント機器ひとつで比較的手軽に実現できる部分もあるかもしれないが、執念にも似たサウンドメイクと Michael Hedges の類希な作曲・演奏能力とが化学変化を起こして生まれた奇跡の一枚。こんなアルバムには、今後も容易く出会えることがないだろう。
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